源??
人を元気付ける方法は沢山ある。
例え何かをプレゼントしなくても、悩んでいる人の話を聞いたり、アドバイスすることで、元気がものすごく溢れ出ることがある。
そんな時相手がいるというのはとても大きい。別に恋人じゃなくたっていい、家族だって、友達だって、バイト先の先輩だっていい。もしかしたら自分を救ってくれるのはその日に初めて出会った人かもしれない。
でも共通して、人を救う「モノ」というのは「想い」であろう。それは言葉で表すことができる。
この世に言葉で表せないモノなんてないような気がするが、複雑な悩みを抱えていたり、腑に落ちない時にいざ自分の考えを話そうとするとうまく言葉が出てこない。意外と言語化できないモノで溢れているのかもしれない。
格言や詩や歌の歌詞など、なぜ人はあんなにも言葉に元気付けられるのだろうか。自分が思いつかなかったような表現方法に出会い、思わぬところで元気付けられたり、立ち直ったりすることができたり。
言葉の可能性は無限である。
絶望に出会った時、悲しみに溺れた時、涙が止まらない日、無性に人に会いたくなった時、悩みが尽きない時、愛されたかったのに愛されてなかったことに気づいてしまった時、愛していたかったのに愛せなくなってしまった時、永遠だと思ってたものが永遠ではなかった時、それでも大切にしたいと覚悟を決めた時、前に進まなくてはいけない時、守るものが増えた時、
どんな時でも、人間のそばにあるのは言葉だ。
あなたに、すべての人に、言葉のプレゼントを。
人生豊かにしよう。毎日の幸せを探そう。
それに気づかせてくれるのは、私は言葉だと思う。
出会い
この世界は音に溢れている。
たとえ「ドレミファソラシド」の音階に乗っていなくても、音が出た時点でそれは音楽であり、立派なメロディーになりうる。
音楽というものは不思議なもので、嬉しい時には嬉しい、楽しいという気持ちを倍増させ、悲しい、寂しい時には涙を誘ってくれたりもする。その時の自分の素直な感情を引き出してくれる。
不意に流れた音楽に心を打たれ、そこからその曲が忘れられなくなったり、いろんな感情や思い出が走馬灯のように出てくることだってある。
人との出会いが一期一会であるように、音楽との出会いも運命だと私は思う。
大御所と言われるようなプロのアーティストにも、まだデビューしたばかりのアーティストにも、まだグループを組んだばかりのアーティストにも、運命的な音楽との出会いがあって、私たちはその出会いに立ち会って生きているのかと思うと、とても言葉では言い表せない感動がある。
今はどこにいても端末一つでMVビデオやライブ映像が見ることのできる時代だが、やはりライブ会場で生の演奏を聴くことには敵わないと思う。
何日も前からその日のために自分を磨き、感性を高め、必要なものを買い込み、気持ちを昂らせながら席に着く。その時だけ1分が異様に長かったり、逆に短くなったりと不思議な体験をする。
気がついたら時刻はもう開始1分前を指し、周りの観客も立ち始め、目の前の巨大なモニターでオープニング映像が始まったり、開始のアナウンスがかかる。
今か今かと待ちわびたその瞬間、何回も聴いて、何回も心躍らせてきたあの曲がかかり、ずっと会いたい、生の演奏をしているところを見たいと、恋い焦がれてきたアーティストが現れる。
その瞬間、音楽とともに涙が流れてしまうのは、私だけだろうか。
話が逸れたような気がするが、音楽と出会うことによって世界はだいぶ色づく。音楽のジャンルなんて関係ない。自分の人生のBGMに1つ音楽があるだけで、何もなかった時とだいぶ変わるのだ。
言語が違えば話が伝わらないこともあるが、音楽は伝わる。相手の心は動かせる。
それが音楽の醍醐味であろう。
たった1つの音、歌詞、メロディー、で人生が変わることがあるのだ。
人生を豊かにしよう。感情価値をあげよう。
運命的な出会いで、人生を楽しもう。